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WHOもフェーズ6ということで、
厚生労働省 も新型インフルエンザ対策に躍起です。

あいかわらず、新型インフルエンザ マスクを買いに走り回る人々。
巷の薬局はマスクが品薄状態。

同様のことが新型インフルエンザ 予防接種にも
有識者の会議でも喧々諤々の議論が。

しかし、本当は
自身のの免疫効果を高めるべく、
普段から栄養・運動・休養をとることこそ

新型インフルエンザ 対策の一番の近道でしょう。
2009.05.15 友人の死
ネットはいろんなことを、いろんな形で教えてくれる。

昨日放送された、『秘密のケンミンショー』という番組。
偶然見ると、あるコーナーで舞台は私の故郷 『青森市』。
そして、登場人物を見てビックリ!、昔よく言っていた洋風居酒屋のマスターではないか。

彼は、才能のある楽しい人で、地元・東北で演劇やTVラジオにも当時から出ていた。
その居酒屋は、ある友人つながりでよくお邪魔していました。

青森といえば『ねぶた祭り』。
その友人がマスターに頼まれて、店の前のねぶた製作を私を含めた仲間で製作しました。

楽しい思い出です。

TVを見ていてそんなことを思いながら、ネットでマスターを検索した。
すると、ブログをやっていました。

ずーと見ていくと。
あるタイトルに目が止まりました。

今年の2月に、その友人が亡くなったという記事。
彼は、私よりひとつ年上だったのでまだ46歳。

少なからずショックを受けました。

疎遠になっていたくらいなので、すごく親しいと言うわけでもないけれど、
無口で、笑顔を絶やさないとてもやさしい男でした。

当時の仲間と一緒に写っている写真を見ながら、
いろいろ思いをめぐらして、あまり眠れなかった。

そして、普段はほとんど飲まないビールを。

2009.02.26 率先垂範
聴いてもらう。

胸につかえたものがあっても
誰かに聞いてもらうと楽になります。

問題が決して解決しているわけではないのにもかかわらず。
なんとなく軽くなる。

そんな経験ありませんか?


ブログもその一種かもしれませんね。

キリスト教のの懺悔。
神父さんに話を聞いてもらう。
アメリカのはそういう救いの道があります。

日本には?

カウンセラーの研修は
聴くが其のほとんどだと言います。

あなたも話しましょう。
そして、聴いてあげましょう。

それだけで良いんです。

率先垂範
「率先」は人の先に立つこと。「垂範」は模範を示すこと。
2008.09.25 天佑神助
家族間のトラブルによる事件が目立っています。
どうなってしまったんでしょう・・・・・


皆、この世に生を受けたからには
生きる義務

そして、親には生かす義務があるはずなのに・・・・



岩田 天晴くんという少年が今病に臥せっています。

未だ日本では子供の臓器移植が認められていない。
そのため、命を落とす子が後を絶たない。

米国へ渡れば臓器移植が可能なのに・・・
しかし、それには莫大な費用がかかり、

国からの援助が期待できない今
善意の募金に頼らなければならない。

子は国の宝などと
口で言うのはたやすいが

決して奇麗事で済まされない。



岩田 天晴くんを救う会
http://www.tensei-aid.com/wiki.cgi?page=FrontPage


心臓移植しか方法が無く、やはり米国での移植手術しか手段がないのですが
1億3000万円以上の費用がかかります。
健康保険等の公的扶助が受けられないためです。

でも、彼に罪は無いのです。

神様じゃなくても、
善意が彼を救えます。


天佑神助

天の助けと神のご加護
2008.02.14 朝蝿暮蚊
不登校

子供のクラスの子が不登校になってしまいました。
娘に聞いたら、理由は担任の先生が嫌だかららしいです。

先生は厳しいらしいです。
しかし、話を聞くところによると

競争に打ち勝つような指導をされているようです。


テストの順位を発表したり、とにかく他との比較をする。
そして、個人的に優劣をはっきりさせる


そんな感じらしいです。



確かに現在の世の中は競争に勝てないと生きていけない
だから、強くならないと・・・・


そうでしょうか?


弱者は敗者ではないと思います。



それより、弱者も強者も問題なく生きれる世の中にしようと
努力・工夫することが大切なのでは?


というより、
自然に心配なく生きられる世の中であるべきでは


そういう事を教えるのが大人や教師の責任なのでは・・・


うつ病・自殺が横行しています。

それは彼らが弱いのではなく、システムの問題なのです。




朝蝿暮蚊

度量の狭い人や小人物がはびこること