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2006.05.12 森羅万象
ということばが私はすきです。

このという字、心の上に士が乗っています。
語源をいろいろ調べましたが、はっきりわかりませんでした。

こころをさす。

その大きい小さいは別にして、人はみな志があったはずです。
こころにさすつまり誰に知らせるわけでもない

は自分で決められるものです。
人から影響されるものではありません。

志をもつということは、自分自身を見つめることです。
たちどまる・かんがえる・意識する。

われを忘れた人たちが毎日のように新聞・TVに映し出されています。

を持つ。

わたしの心にも静かな志があります。


森羅万象
宇宙に存在するありとあらゆるもの。





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2006.04.30 臨機応変
術という文字がつくものはある年月を経て一人前になります。

技術・武術、技術者・職人・武術家。

昔の日本には弟子・徒弟制度などがあり、職人・武術家などが師匠について技を習得しました。

だいたいが、最初は技術や技など教えてもらえず、雑用などをさせられたようです。
これを一部ではいじめなどという見方もあります。

すぐに教えてもらうと、はじめは上手くいきません。挫折・成功というの繰り返すことになります。

一方、ある期間教えてもらえず、観察するだけの場合は、教えられたときにはイメージ(意識)の中で段取りがある程度できているので成功が先に来易くなります。

さらに、情報を一方的に受け入れるのではなく、積極的に収集しようとする能力も身につきます。


ここの2つの点が重要で、
すなわち、応用力が養われます。

この応用力こそ質的変換なのです。

教えられるのではなく、昇華する。

意識することの重要を昔の日本人は知っていたのかもしれません。

臨機応変
時と場合によって、適切な行動をとること。


2006.04.25 融通無碍
価値観と自己責任

自己責任という言葉が昨年あたりからクローズアップされています。

私が思う自己責任とは、”自分で責任をとること”読んで字のごとくです。

最後はだれも責任を取ってくれません。

数年前に人身事故を起こしてしまいました。
重症事故です。
治療費や罰金を払いました。

この頃の私は周りの交通状況に合わせようという運転でした。
そのときも後ろが詰まっていたので強引に右折して事故を起こしてしまいました。

しかし、後ろの車の運転手が責任を取ってくれるはずもありません。

人のせいにしていただけです。
十分安全を確認してから右折すればよいことです。

最近、会社などの不祥事も相次いでいます。
上司に怒られるから、ムリをしたり。

業績を上げるために不正をしたり。

外圧:つまりすべて遠まわしに他のせいにしているのです。
怒られるからやる。
皆がやっているからやる。
すべて他のせい。

最後に責任をとるのは自分。
覚悟。

教育にも問題があるかもしれません。

言い換えれば、自身の価値観にしたがって行動できるか。
他の目。他人の目ではなく。

私の両親は私に自身の価値観で行動するよう教育してくれました。
子供のころは他をうらやましいと思ったことはありませんでした。
しかし、大人になるため教育を受けて、経験を積むと、その自身の価値観で生きることはだんだん苦痛になってきました。

いまふたたび、自身の価値観で生きるために身体に問いかけています。

融通無碍
考えや行動が先入観などに囚われず、自由でのびのびしていること。
2006.04.06 安心立命
周りに目を向けると。

私の住んでいる場所は東京などには及びませんが都市の部類だと思います。
利便性もよくまずまず満足しております。

年に何度か出張があり、全国を訪れるのですが、最近つよく感じることとして、どこも似通った街並になってしまったなということです。

去年、久しぶりに京都を訪れたとき、駅前の変貌ぶりにびっくりしました。

携帯電話に代表されるように確かに便利で快適な生活環境を手に入れました。
しかし、失ったものもあるように思えます。

あれば便利ですが、果たして本当に必要なものなのでしょうか?

街にあふれるイルミネーションやライトアップ、確かにきれいですが...

私には忘れられない星空があります。
小学6年の林間学校で見た零れ落ちんばかりの星空。
プラネタリウムのようでした。しかし、まさしく目にしていたのは本物。

15年ほど前に訪れた小笠原・婿島で見た南十字星。
日本でも南十字星が見えるのです。
なぜか涙がこぼれました。
そして、びっくりするくらいの流星。

ダイビングに夢中のころは離島によく滞在しました。
そこにはコンビニエンスストアもなければ、銀行もありませんでした。
滞在費が底をつきお金を下ろすとき、通帳・印鑑を持って郵便局の窓口に並びました。
最初の1・2日は不便に感じました。

しかし、3日もすれば問題ありませんでした。

街にはいろいろな音があふれています。
BGM・人々の声・車の音etc.

バイクで一人旅をしている頃、よく林間に一人用のテントを張り野宿しました。
シャワーもなくBGMもTVもありません。
はじめての野宿の時はいいしれぬ恐怖感もありました。

しかし、何度か野宿を重ねると、木の葉がぶつかり合う音、風の音、そして獣の声(?)が安心感を与えるようになりました。

あるとき、ニホンカモシカと遭遇して、1時間くらいにらみあったこともあります。熊かと思うくらい大きくてびっくりしましたが。

今私は街に住んでいます。
そして、利便性の中に埋没しています。

身体のちからは内なるものから外へも目を向ける必要があるかもしれません。

安心立命
心を安じて身を天命にまかせること。利害に動じず心を惑わされないこと。
2006.04.01 師資相承
私と武術の出会いは小学低学年のころ。
身体がよわく、泣き虫だった私の行く末を心配した母は、叔父(母の弟)に頼んで柔道の稽古に行かせたのです。

叔父は柔道3段、中学・高校と県のチャンピオンになったほどの実力の持ち主でした。
弱虫だった私は柔道の稽古がいやでした。
そんな私を、稽古後のアイスクリームやたこ焼きでだましだまし、叔父は連れて行ってくれました。

私の相手はもっぱら叔父です。
その頃は町の道場といえば、高校生・社会人が中心で子供はほとんどいませんでした。
(いま、柔道にかぎらず町道場は、少年部・壮年部が中心です。青年はどこへ?)

叔父はめずらしいことに左構えでした。
自然に私も左構えになっていました。
柔道の「左構えは」 おく襟が左手、袖が右手です。左手・左足が前の半身です。
空手やボクシングなどの打撃系でいえばオーソドックス・右構えです。

泣き虫で弱虫だった私もさすがに高学年になる頃には結構逞しくなっていました。
そして、叔父に厳しく鍛えられたおかげで、中学時代も結構活躍することができました。
大体が右構えの対戦相手に対して左構えだったことも有利に働いたと思います。(叔父に感謝しています。)

構え方については後の私の武術の稽古に良くも悪くも多大な影響を与えることになるのですが。

さらに、中学の体育で(たまたま私の中学は体育の格技が剣道だったので)授業で剣道を体験したときですのことです。
柔道とはまったく違う身体の使い方にとまどいました。
「距離感・力の使い方・足の運び」
体育の授業ので体験した程度にもかかわらず。


他にもいろいろな武道があることを知った私はだんだんと武道へのめりこむことになったのです。

すべてのきっかけは、弱虫・虚弱体質の克服でした。

師資相承
師匠の教えを弟子へと教え伝えていくこと。
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