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2006.05.31 意味深長
本来武術などというものは誰にでもできるはずのものなのです。
もちろん鍛錬・稽古を必要ですが。

術というのはまさしく術であり、魔術・奇術などとおなじで、先人がさまざまな経験から体系付けたものです。

秘伝、などといわれるものも術理が知れ渡っては困るから秘伝としたのでしょう。

例にとると、合気道の技はひじょうに科学的にできています。
相手の力に逆らわず、気を合わせるから合い気というぐらいです。

手をつかまれたら、手のひらをパっと開いて振り払うと簡単に手をふりほでけたり。
引っ張られた軸方向をちょっとずらしておしてやると相手はバランスをくずしたり。

また、空手の試し割りもたとえば、ブロックは一見ブロックの隙間を狙うと割りやすそうですが、実はゴトクの部分を叩くほうが割れやすかったり。

自然石割りも手が触れる瞬間に石と下地に少し隙間をつくることでわりやすくなったり。

力学や物理学の世界になってしまいます。

身体のちからの重要なについても電子の流れということを科学的に証明しようとしている物理学者がいるくらいです。

磁気治療器が利くくらいなんで、のながれが、電子のながれだとしても不思議はありません。

しかし、身体をコントロールしているのはあくまで自身の意識であることには違いないです。

意識のちからはすごく偉大で、思う・意識することで人生をも左右するという話もあります。

自転車に乗っていて行きたい方と違う方に行ったりした経験ありませんか?
実際に行ったほうが意識していた方向なのです。
これと同じことが人生にも起こるというのです。

偉大なちから意識

意味深長
奥深い意味や含みがあること。
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2006.05.29 明朗闊達
昨日まで仕事で上海に行っていました。

10年ぶりの中国、そして初めての上海でした。
そして、驚きました。

高層ビルの立ち並ぶ大都会でした。
そして、まだまだ建設中とのこと、中国のイメージが変わりました。

しかし、早朝の公園では太極拳?、いろいろな動きで身体を動かしている人がいました。
ただ、歳をとった人が多かったのも事実です。

10年前の北京にも見られた光景です。

私もいつもどおり立禅・揺り・這いという一連の鍛錬をしてきました。
空気・匂いが違うだけで身体自体はなんら変わらない数日でした。

今回はまったく仕事だったので、武術・気功といったものに直接触れる機会はありませんでした。

ただ、中国の人々の力強さ?
押しの強さ?
気?

パワーあふれています。

一緒にすごした彼らが特別だとは思えないのですが、朝から良く食べます。
私は最近はひじょうに小食なのでなかなか大変でした。

良く食べることが彼らの身体のちからなのかもしれません。

機会があればもっと長期に滞在して、武術・気功など身体のちからを手に入れて来たいと思います。

明朗闊達
明るくおおらかで些細なことにはこだわらないこと。

2006.05.22 一意専心
身体のちからを実践して目指すものとは
わたしにとって、究極の身体のちからとは、

気持ちのいいこと。
気持ちがいい、快適、これにつきます。

今までと違う動きができたとき、そこに気持ちよさがあります。
身体がスムーズにうごくこと、すなわち身体のちからです。

ひとそれぞれに個体差があり、一定の法則や身体つかいの基本はありますが、
その辺を考慮しながらひとりひとり自分の気持ちよい動きをみつける。

立つ・坐る・歩くにおいても基本には幅があります。
身体つかいの意識の濃さに多少ちがいがあっても気持ちよいは手に入ります。

身体のちからの実践は基本的に自身で行うので他者の介在がありません。
自身で意識してコントロールすることが重要だからです。

人間がストレスを自身で発生させることはほとんどありません。
他者・環境など外的要因がほとんどです。

朝早起きして立禅を組む。
まったく1人の時間です。
ストレスフリーです。

朝起きるのがつらくてストレスが発生?
それよりはるかに快適な時間を得ることができます。

身体の鍛錬をするときも、その状況(体調・年齢)に合わせて、気持ちの良いところでやめればよいのです。

続けることが前進させるのです。
やめどきは気持ちが良いときです。

独りの時間は身体のちからの根源です。

一意専心
ひとつのことのみに心をくだくこと。

2006.05.20 理非曲直
お天道様

太陽のことですが、昔の人は”お天道様”が見ている、ということで自分を戒めていました。

別に太陽が見ていて罰を下すというわけはありません。
しかし、人の道に反することはしてはいけないという道徳感がありました。

最近、また小学生が犠牲になる事件が起こりました。
同じ子を持つ身として耐えられません。

お天道様はどこへ行ったのでしょう?

給食費を滞納する親が増えているそうです。
その理由が、生活がくるしいからではなく、払いたくないから。

愛国心教育が議論をよんでいます。
一方で小さな政府を造ろうとしています。

耐震偽造に代表されるような企業不祥事も増えています。
職人気質はどこへ行ったのでしょう。

子供は鋭い目で大人を見ています。

現代のお天道様は子供の鋭い目かもしれません。

理非曲直
道理に合っていることとはずれていること。
2006.05.17 難攻不落
正しい姿勢・正しい歩き方がなかなか手に入りません。

昔の日本人は姿勢をひじょうに大切にしました。

柳生心眼流をたしなむ友人に

不動池

を教えてもらいました。

これは日本独特の体勢で、かかとをしっかりつけ、つま先は少し浮かせます。

なるほど、上体がすっと伸びます。

接地力・地面をつかむ足裏感覚の重要性は認識していましたが、足裏にも役割があったのです。

親指は力

小指は変化

かかとは回転

昔の日本人は草履を履いていました。
草履を履いて歩くと、つま先から着地しなくては上手く歩けません。

現代人は靴を履いています。
靴を履いた歩き方はかかとから着地します。

実はこのかかとからの着地は脳に直接衝撃が伝わり、肩こりなど疾病の原因になるのです。

私の歩き方は、全体を接地させ親指を意識する歩き方でしたが、明日からつま先から着地する歩き方を意識してみます。

そして、不動池の体勢も意識してみようと思います。

難攻不落
攻めにくくなかなか落とせないこと。
2006.05.16 金甌無欠
人の身体は不思議で面白いと思うのは、大体が二組づつあるということです。

したがって、
人には利き腕・利き耳・利き目など身体の優位な部位があります。

身体つかいは鍛錬によってあるていど左右対称な動きは可能になります。
動きについては。

しかし、意識の問題はなかなか難しいです。
人の顔は大体、左右非対称です。

意識は一番表情に出やすいからだといわれています。

意識側・無意識側。

パッと横顔を見たとき、右と左の顔は違います。

整っている方が意識側、そうでない方が無意識になります。

無意識側にはほんの少し隙が生じています。
武道や武術ではそういった無意識の側を攻めることが有効となります。

したがって、それを克服するため左右対称の身体つかいの鍛錬をするのです。

しかし、個人的に思うのですが、無意識の側も人にとっては大事な部分なんじゃないかと。

金甌無欠
完全で欠点がないこと。
2006.05.12 森羅万象
ということばが私はすきです。

このという字、心の上に士が乗っています。
語源をいろいろ調べましたが、はっきりわかりませんでした。

こころをさす。

その大きい小さいは別にして、人はみな志があったはずです。
こころにさすつまり誰に知らせるわけでもない

は自分で決められるものです。
人から影響されるものではありません。

志をもつということは、自分自身を見つめることです。
たちどまる・かんがえる・意識する。

われを忘れた人たちが毎日のように新聞・TVに映し出されています。

を持つ。

わたしの心にも静かな志があります。


森羅万象
宇宙に存在するありとあらゆるもの。





2006.05.10 格物究理
身体つかいのコツとして
何か動作を起こすとき反動をつけないと以前お話しました。
武術・古武道の世界と思いきや、書店で見つけました。

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私はゴルフはしないのですが、身体つかいという点で非常に興味深いことが書いてありました。

やはり、
力に頼った動きの原因が、
踏ん張って・溜めをつくって・うねって
力みにつながります。

身体をねじらない動き。
つまり反動を使わない動き。

ねじることで(反動をつけることで)生み出される力は、動くたびにねじりなおさなくてはなりません。

また、狭い場所などで動かなくてはならないときも反動をつけるスペースがとれません。

合気道や空手などの基本的な動きは、ねじらない動きを突き詰めたものになっています。

が、ゴルフや他のスポーツでも同様のことが語られているのに驚かされました。

格物究理
物の本質を深く探求し、知識や学問を習得すること。












2006.05.07 府仰之間
昼食後眠くなりますよね。
お腹いっぱいになったからではないそうです。

人間には12時間サイクルの体内時計があるそうです。

人間が一番眠い状態になるのは、午前1時から4時、ごご1時から4時の2回なんだそうです。

眠くなったらどうするか?
眠る。
10分でも15分でも寝る。
もちろんこれが一番です。

事故がおきやすいのも午後2時から4時の間という統計もあるようです。

スペインにはシエスタというお昼ねの習慣があります。

昔は日本でも職人さんなんかは10時、3時に休憩があり寝ていたみたいです。

日常生活、ましてや会社なんかでは寝ることは不可能です。
また、落ち着いて寝られる環境にはないかもしれません。
(私はどこでも寝られる体質なので。)

しかし、少し昼食の時間をやりくりして寝てみるのはどうでしょう?

きっと、仕事もはかどるのではないでしょうか。

身体のちからを効率よく使うためには休息も大切です。

府仰之間
ほんのわずかな時間。一瞬。




2006.05.06 風流韻事
連休は北東北に春スキーに行きました。

記録的な豪雪だったせいもあり、山にはたっぷり雪が残っていました。
それでも春がたしかに顔をのぞかせていました。

このごろはスポーティーなスキーヤーではなく、ナチュラルなスキーヤーである私は、この時期のスキーがなかなか気に入っています。

木立の中を滑っているとさまざまな鳥の姿と泣き声に出会えます。
スキーヤーもまばらなので、普段聞こえない自然な音が耳に届きます。

雪の間からふきのとうなども顔をのぞかせていました。
雪解けの水は冷たく勢いよく流れています。

夕食もホテルでしたが、素朴な地元の素材を使った和風のビュッフェスタイルでした。

ぜんまい・笹竹など山菜のてんぷら。
豆乳の上澄みから造った豆腐。
いっけん水団風の’ひっつみ汁
米も地元産。
とろろ芋。
ほんとうに素朴なんですが、実に口に合いました。

沢山食べ過ぎたのですが、けっして胃にもたれることもなく。

朝、ブナの林に散策に出かけ、立禅を組みました。

これで、しばらくは腹を立てることも無く心静かに過ごせるでしょう。

身体のちからを養うためには他の場所に身をおくことも必要かもしれません。

風流韻事
自然を愛で、詩歌などをつくって楽しむこと。
2006.05.02 勇往邁進
歩く

立つ・座る・歩く。

今日のテーマの歩くは、歩き方でもフォームでもありません。
ただ歩く。移動のため。

座禅・立禅などとくらべて歩く時の呼吸はいつのまにか自然に溶け込んでしまいます。

座禅や立禅が自身の中に気を宿すのにくらべ、歩くことは外から気を受け入れることにります。

また、長距離を歩いていると座禅・立禅で得られる気分になります。

むしゃくしゃしたり、落ち込んだとき歩いた経験があると思います。
なんとなくスッキリしませんでしたか?
はじめはいろいろ考えを巡らせていますが、長時間歩いているうちに気持ちもおさまります。

誰かと話すとき、じっと向かい合って話すとなかなか会話をつづけるのが難しいです。
歩きながら話すと適当な間ができて、話もはずみ、良いアイデアが出たりします。

昔は移動手段は歩くしかなかったので長距離を歩くのは日常茶飯でした。
最近はあまり歩く機会がありません。
イライラしたりむしゃくしゃしたり気が滞りがちです。

身体のちからのために歩いてみませんか。

勇往邁進
自分の目的や目標にむかってひたすら突き進むこと。 
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